「中国の富裕層は革製品を買わなくなった」——そんな衝撃的な変化が、世界の革業界に波紋を広げています。
2026年3月18日、経営コンサルティング大手A.T.カーニーが公表した「中国ラグジュアリー市場:足元の状況と今後の展望」レポートは、中国市場における消費者心理と購買行動の大きな変容を明らかにしました。特に「大型レザーグッズの落ち込み」と「Z世代の消費離れ」は、革製品業界が今後の戦略を見直す上で見逃せない重要なシグナルです。
本記事では、このレポートの主要な知見を整理し、革製品・レザー業界への影響と示唆を解説します。
目次
- A.T.カーニーレポートの概要
- 大型レザーグッズの落ち込みとは何か
- Z世代の消費離れ:次世代顧客との断絶
- 「意思による消費」へのシフト
- 中国国産ブランドの台頭という新たな競合
- 日本の革製品業界への影響
- 消費者としての視点:今こそ「本物の革」の価値を
- よくある質問(FAQ)
- まとめ
A.T.カーニーレポートの概要
本レポートは、2025年8月に中国のラグジュアリー消費者3,000人を対象に実施した調査に基づいています。中国市場の消費者心理・購買行動・チャネル選好の変化を分析したもので、A.T.カーニー東京オフィスのシニアパートナー福田稔氏の監修のもと日本語版として2026年3月18日に公表されました。
レポートの核心は、「中国の高級品消費者の多くが経済・雇用・政策に一定の楽観を維持しながらも、購買行動はこれまで以上に慎重かつ選別的になっている」という点です。1人当たりのラグジュアリー支出額は前年比約4%減少する見通しで、衝動買いから「価値・必要性を重視した消費」へとシフトしています。
大型レザーグッズの落ち込みとは何か
レポートが示すカテゴリ別の動向で特に注目すべきは、「大型レザーグッズや時計など高価格帯商品の落ち込みが大きい」という点です。
「大型レザーグッズ」とは主に、ハイエンドブランドの大型ハンドバッグ・トートバッグ・ボストンバッグなどを指します。LVMHグループやケリンググループが誇る数十万円〜数百万円クラスのシグネチャーバッグがその代表例です。これらは数年前まで中国の富裕層・中産階級が積極的に購入していたカテゴリでしたが、消費者の選別意識が高まる中、購入を控えたり、より小さく手頃なアイテムへシフトする動きが顕著になっています。
一方で、「ファッション・小物やビューティーなど日常的なラグジュアリー領域は比較的堅調」と報告されています。つまり消費者は「大きな一発買い」を控えながら、日常的に使える小さなラグジュアリーを継続購入しているのです。これは革財布・カードケース・キーケースといった革小物の需要が比較的安定していることを示唆しています。
Z世代の消費離れ:次世代顧客との断絶
レポートが示す最も重大な警告のひとつが、Z世代(主に1997〜2012年生まれ)のラグジュアリー離れです。
調査によれば、Z世代の約37%がラグジュアリー購入の削減、または購入を控える意向を示しています。これはミレニアル世代と比較して約3倍の数値です。Z世代は「ステータスとしての所有物」よりも「体験・旅行・自己表現」に価値を置く傾向が強く、高額な革製バッグへの購買意欲が相対的に低い世代です。
しかし見方を変えると、これは必ずしも革製品全体の否定ではありません。Z世代は「本物の価値」「ものがたり」「サステナビリティ」に共感する場合に購買へつながりやすい傾向があります。「なぜこの革なのか」「誰がどう作ったのか」を伝えるブランドのストーリーテリングが、次世代顧客の心を動かす鍵となります。
「意思による消費」へのシフト
A.T.カーニーの福田稔シニアパートナーは、「消費者の慎重な姿勢が続く中、中国のラグジュアリー市場は憧れや自己顕示的な消費から、より意味や価値を重視する消費へと移行している」とコメントしています。
これは「革製品」というカテゴリ全体にとって、実は追い風になりうる変化です。なぜなら本革製品は、「長く使えること」「経年変化という価値」「職人の技術という意味」を持つ素材だからです。「高いから買う」「ブランド名のために買う」という動機から離れ、「この革製品の品質・価値・ストーリーが好きだから買う」という動機への転換は、良質な本革製品にとってむしろ好都合です。
中国国産ブランドの台頭という新たな競合
レポートが示す追加的な変化として見逃せないのが、中国国内ラグジュアリーブランドへの関心の高まりです。調査回答者の約59%が今後1年間で中国発ラグジュアリーブランドの購入を検討する意向を示しました。
地政学的要因(米中摩擦など)や「国産品への誇り」(国潮=グオチャオ)の高まりが背景にあります。欧州の老舗ブランドが長年享受してきた「外国ブランド=高品質」というアドバンテージが、中国市場では徐々に薄れつつあります。
日本の革製品ブランドにとっても無関係ではありません。中国市場への展開を目指す日本ブランドは、単なる「外国製品」として訴求するのではなく、日本の革産地・職人技術・サステナビリティという独自の価値軸での差別化が不可欠です。
日本の革製品業界への影響
中国市場のこうした変化は、日本の革製品業界にどう影響するでしょうか。
まず、中国向けにOEM生産をしていた日本のタンナーや製品メーカーにとっては、大型レザーグッズの受注減少という形で影響が出る可能性があります。特に欧州高級ブランド向けのサプライヤーとして動いている場合は、そのブランドの中国での売上動向が間接的に波及します。
一方で、中国の消費者が「意味・価値・ストーリー」を求める方向にシフトしていることは、日本製革製品にとってチャンスでもあります。「栃木レザーのヌメ革で仕立てた財布」「姫路の白なめし革を使ったバッグ」「100年以上の歴史を持つタンナーの革」——こういった「本物のストーリー」は、価格だけで判断する消費者ではなく、価値を重視する消費者に深く刺さります。
経産省が推進する「NEW STANDARD JAPAN LEATHER PROJECT」が上海でも展示を実施したことは、こうした市場の変化を見越した戦略的な動きとも読めます。
消費者としての視点:今こそ「本物の革」の価値を
中国市場の変化は、日本の革製品ファンにとって他人事ではなく、「革製品の価値とは何か」を改めて考えるきっかけになります。
消費が「意思的」になるということは、「なぜこの革製品を選ぶのか」をより深く問われる時代になるということです。ブランドのロゴのためでも、流行に乗るためでもなく、「この革の質感が好き」「このタンナーの革は使い込むほど美しくなる」「職人の技術に敬意を払いたい」という理由で革製品を選ぶ——そんな消費者が世界中で増えています。
それは本革が本来持っている価値——耐久性・経年変化・職人技・循環型素材としての特性——が正しく評価される時代の到来とも言えます。
よくある質問(FAQ)
Q. 中国でラグジュアリー消費が落ちているのはなぜですか?
A. 複合的な要因があります。不動産市場の低迷による資産価値の下落・若年層の就職難・貯蓄志向の高まり・地政学的緊張といった経済・社会要因に加え、「自己顕示的な消費から意味ある消費へ」という価値観の変化も影響しています。また中国政府による「共同富裕」政策の方向性が、露骨な富の誇示を控える雰囲気を生んでいる側面もあります。
Q. 「大型レザーグッズ」の落ち込みは日本の高級革製品にも影響しますか?
A. 欧州高級ブランドの大型バッグほどの直撃は受けにくいですが、中国向けの高額商品の需要減は間接的に影響しうります。ただし、「本物の価値・ストーリー」を持つ日本製品は、選別的な消費者に選ばれやすい特性があります。適切な情報発信とブランディングが鍵です。
Q. Z世代はどんな革製品なら買いますか?
A. Z世代は「サステナブル・手頃・ユニーク・ストーリーがある」ものに共感する傾向があります。高額な大型バッグよりも、コンパクトなミニ財布・カードケース・キーホルダーなど小型革小物の方が手に取りやすい価格帯で人気です。また中古・リユース品への抵抗が少なく、品質の良い中古革製品を好む傾向もあります。
まとめ
A.T.カーニーの2026年3月レポートが示す中国ラグジュアリー市場の変化は、革製品業界全体に重要な示唆を与えています。大型レザーグッズの落ち込みとZ世代の消費慎重化は確かな課題ですが、消費者が「意味・価値・ストーリー」を求めるようになることは、本物の革製品にとって追い風でもあります。
高額なブランドバッグを買う/買わないという以上に重要なのは、「なぜ革製品を選ぶのか」という理由の深さです。その答えを持っているのは、革本来の魅力——耐久性・経年変化・職人技・サステナブルな素材としての特性——に共感する人たちです。
革製品市場は変化の中にありますが、本物の革の価値はいつの時代も変わりません。


