なぜ革業界に若手が続かないのか|入ろうとして辞めた私が、現場と統計から見た「構造」と打ち手

「革業界は後継者が足りない」とよく言われます。私自身、革が好きで、ある革小売りの会社に後継者候補として入った経験があります。けれど、続けることはできませんでした。今回は「若い人が続かないのは、若い人のせいなのか?」という問いを、現場で見たことと、国の統計の両方から、できるだけ正直に掘り下げてみたいと思います。

目次

「後継者がいない」の下に積み重なっているもの

「後継者がいない」という言葉は、よく聞きます。けれど現場にいて感じたのは、これは一番表面に見えている結果にすぎない、ということでした。その下には、何層もの原因が積み重なっています。

表面には「跡を継ぐ人がいない」がある。その一段下に「給料が低くて人が続かない」がある。さらにその下に、そもそも産業全体が儲かっていない、という土台がある。後継者不在は、誰か個人の怠慢ではなく、この積み重なった構造から生まれているのだと思います。

革を手作業で加工する職人の手元
革職人の仕事は、手と感覚に宿る技術。だからこそ、引き継ぐことも簡単ではありません。 

「給料を上げろ」は正論。でも、すぐには動かない

「若手が続かないなら、給料を上げればいい」。これは正論です。けれど、現場にいると「上げたくても上げられない」という壁が、はっきり見えてきます。それは経営者がケチだからではありません。産業そのものの利益が、痩せ細っているからです。

これは私の体感だけの話ではなく、国の資料がはっきり示しています。経済産業省の資料によると、なめし革・履物・かばんなどの皮革関連製品の国内出荷額は、ピークだった1991年からおよそ5分の1にまで減っています。内需に占める輸入の割合は、かつての23%から79%へと跳ね上がりました。つまり、国内で使われる革製品の約8割が、いまや輸入品ということです。

革靴に絞ると、もっと厳しい数字が並びます。1991年と比べて、出荷額は約8割減、事業所数は約7割減。輸入浸透率は6割程度に達しています。たつの・姫路といった国内有数の産地でさえ、例外なく事業者数も出荷額も減り続けていて、コロナ禍を経てむしろ課題が深刻になっている、と資料は伝えています。

💡 ここがポイント:さらに追い打ちとして、TPP11や日EU・EPAによって2032年度にかけて関税が段階的に撤廃され、これまで業界を支えてきた競争力強化の基金事業も終了していきます。売上はピークの5分の1、市場の8割を輸入に奪われ、この先は関税の壁すらなくなる。この構造の中で、人件費に厚く回す余力を持てる中小事業者は、そう多くありません。

だから「給料を上げろ」という正論は、間違ってはいないけれど、明日すぐに実現できる類のものではないのです。給料が上がらないのは、目の前の経営者の問題というより、産業全体が抱えた構造の問題でした。

若手側は、何があれば踏みとどまれるのか

では、お金がすぐに動かせないなら、若手側はもう打つ手がないのか。私はそうは思いません。自分が「好きで入ったのに続けられなかった」理由を、お金以外のところで振り返ってみると、足りなかったものが三つ見えてきます。

1つは、相談できる同世代がいなかったこと。職人の世界は一人で黙々と向き合う時間が長く、悩みを分かち合える横の繋がりが、なかなかありません。2つ目は、活躍しているロールモデルが見えなかったこと。この道の先で生き生きと食べている先輩の姿が見えないと、自分の数年後を前向きに想像できません。3つ目は、次に繋がる出口が見えなかったこと。技術を身につけた先に、独立や次のキャリアへ続く道筋が描けないと、ただ消耗しているように感じてしまうのです。

言い換えると、若手が辞めていく一番の理由は、給料の数字そのものよりも、「孤立」と「出口の見えなさ」だったのではないか、と思うのです。そしてここは、産業の利益構造とは違って、お金をかけずとも変えられる余地があります。

他の職人産業は、この問題をどう解いているか

同じ後継者問題に向き合ってきた他の伝統・職人産業を調べてみると、ヒントになる取り組みがいくつもありました。

まず、私が「出口が見えなかった」と感じたことを、まさに裏付ける調査があります。総務省の調査では、後継者育成は「人材の発掘 → 修行・就業 → 独立」という各段階を一本につなげて初めて、若手の確保に至るとされています。逆に、各段階で取り組んでいても、その結果が次の段階につながっていない産地では、成果が出ていない。つまり「入口」だけ作っても、「出口」までの道が通っていなければ、人は続かない。これは私の実感そのものでした。

具体的な取り組みも見てみます。東京・荒川区の「匠育成事業」は、短期の現場実習からはじめ、弟子入り修業へと段階を踏ませ、その間の研修手当や家賃補助、修了後の展示会PRまで用意して、体験から定住・独立までを一本の道にしています。大阪・堺市は、刃物の職人養成道場に加えて「伝統産業若手異業種交流会」を2021年から始め、若手どうしの横の繋がりをつくりつつ、新規に雇った若手の賃金を月5万円・3年間補助する仕組みも設けています。

民間にも動きがあります。「ニッポン手仕事図鑑」という取り組みは、後継者を探す産地と、職人を志す全国の若者をマッチングし、現地インターンや移住後の生活環境の整備までセットにして、継承と定住につなげています。技術継承そのものでは、ある漆器工房が作業マニュアルの整備とOJT制度の導入によって、技能の継承率と生産効率(約20%改善)を高め、若手の定着にもつながった、という事例もありました。

これらに共通しているのは、私が挙げた三つ——横の繋がり、ロールモデル、出口——をそれぞれ仕組みとして用意している点です。やはり、若手が続くために必要なのは、お金だけではないのだと感じます。

私が思う、お金がなくてもできること

ここまでの事例の多くは、自治体や行政の補助に支えられたものです。それは確かに有効ですが、個人や一つの工房がすぐに真似できるレイヤーとは少し違います。だからこそ私は、「行政頼みの大きな仕組み」と「お金がなくても現場側で作れるもの」を分けて考えたいのです。後者にこそ、若手側・現場側が今すぐ動かせる余地があります。

たとえば、孤立させない横の繋がり。同じ立場の若手が集まれる場は、SNSでも小さな勉強会でも作れます。たとえば、ロールモデルを見えるようにすること。この道で楽しそうに食べている先輩の姿を発信するだけでも、後から来る人の景色は変わります。そして何より、入口で「魅力」を盛りすぎないこと

これは少し逆説的に聞こえるかもしれません。けれど、憧れだけを膨らませて入ると、現実とのギャップで折れてしまいます。私自身がそうでした。だから、しんどさも含めて正直に伝えたうえで、それでも続けられる道筋——技術が身につくステップや、その先に食べていける形——をセットで見せるほうが、結局は人が残るのではないか。「魅力を伝えよう」よりも、「孤立させず、出口を見せよう」。それが、現場を見て、自分も辞めた人間が考える打ち手です。

最後に、念のため書いておきたいことがあります。私は、革業界を外から見下して「変えるべきだ」と言いたいわけではありません。むしろ逆で、好きで飛び込もうとしたからこそ、若い人が続けられない理由を直視したいのです。検品の話を書いたときと同じ気持ちです。誰かを責めるためではなく、好きな人が続けられる形を一緒に考えたい。同じ現場感を持っている方がいたら、ぜひ意見を聞かせてください。

よくある質問

Q. これは革業界を否定する記事ですか?

いいえ、その逆です。私は革が好きで、後継者になろうとさえした人間です。だからこそ、若手が続けられない構造を直視したいと思っています。批判ではなく、好きな人が残れる形を考えるための記事です。

Q. 結局は行政の補助金頼みということですか?

補助は有効ですが、それだけに頼る話ではありません。横の繋がりやロールモデルの発信、入口での正直な情報提供など、お金をかけずに現場側で動かせることもあります。記事では、その両方を分けて考えています。

Q. 若手がすぐ辞めるのは、本人の根性不足では?

個人の問題に見えても、総務省の調査が示すように、「独立までの道筋がつながっていないと若手は定着しない」という構造があります。根性論で片付けると、本当の原因を見落としてしまうと考えています。

Q. 自分にもできることはありますか?

あると思います。若手なら同じ立場の仲間とつながること、先輩なら自分の働き方を発信してロールモデルになること。小さくても、孤立と出口の見えなさを減らす行動は、誰にでも始められます。